生徒たちの頑張り

 

毎週木曜日はどの学年も頑張っている様子がよく伝わってきます。

写真は自習に励む高3生。良いオーラを放っています。

 

 

まずは高校生の自習室を紹介します。

19時30分から23時まで理系教員が質問受付対応のために常駐しており,わからないところはその場で解決することができます。

 

これまでのブログでも,木曜日の高校生の自習室の様子を何度か紹介してきました。

本日も,どの生徒も集中して各々の課題と向き合っていました。もちろん,学校から課された夏の課題に追われている生徒は皆無です。

 

最近入塾した高校生がこんなことを言っていました。

「以前に通っていた塾の自習室では携帯を触っている生徒がいたり,音楽を聴きながら自習している生徒がいたが,Mirai にはそういった生徒はいませんね」

それはもはや自習室と呼べる代物ではありません。当塾の自習室ではあり得ないことです。

 

私には中学生の娘がおりますが,子どもが塾の自習室に行くと言えば,当然ながらそこでは集中して取り組んでいるものと理解します。

スマホはもちろんのこと私語などあるはずもない,集中して頑張っているはずだ。これが普通の保護者の感覚だと思います。

でも実態はそうではないみたいですね。少し残念ですが。

 

  

 

中2生は数学の授業の後は個別CT の時間です。

本日は前期期末テスト前ということもあって,個別CT の時間にはどの生徒にも連立方程式の計算と応用の問題に取り組んでもらいました。

 

当塾では当て物のような予想問題には取り組ませませんし,類題を大量に解かせるといったような “その場凌ぎ” の指導を行なわず,定番とも言えるような良問に取り組ませるのみです。

数学で言えば,今回の連立方程式を例にとると,立式のプロセスをじっくり考えて計算ミスのないように解ききる力を育成することに注力しています。

 

 

個別CT は22時までとなっていますが,多くの生徒が既定の終了時刻を過ぎても納得のいくまで取り組みます。

教員が横について,いつでも質問を受けられる体制を取っています。

 

ただ,当塾の質問受付にはルールがあり,漢字や英単語など調べればすぐにわかる質問,または熟考した形跡のない安易な質問には答えないと定めております。

これは小学生・中学生を問わず,もちろん高校生も同様です。教員は生徒たちにとってのサポート役ではありますが,ただの便利屋ではありませんからね。

 

 

中学生用の自習室で,中1生が黙々と課題と向き合っていました。

写真の 4名はいつも自習室にいるメンバーで,テスト前だから来ている,または呼び出されて来ているのではありません。

 

中1生は水曜日・金曜日・土曜日が授業の曜日なのですが,本日のような授業のない曜日にも自習室にやって来ます。

今週は日曜日にも授業がありますから,火曜日から日曜日まで週6日通塾ということになります。期末テストでしっかり結果を残すべく頑張ろう!

 

花瓶(今週のお花 Vol. 003,教え子との再会 Vol. 005)

 

今週のお花は大飛燕草 (デルフィニウム) で,鮮やかな青色が非常に印象的です。

今回も,当塾よりほど近い『トン・シェル・トン』様よりおすすめいただきました。いつも綺麗なお花をありがとうございます。

 

この夏も多くの教え子との再会がありました。

彼ら,彼女らが立派に成長している姿を目の当たりにできることは本当に幸せですし,時間をつくって会いに来てくれることに感謝です。ありがとう。

 

 

写真は岐阜県内の小学校の教壇に立つ 2名。忙しい日々を過ごしつつも楽しみながら仕事ができていると近況を報告してくれました。

学級経営,小学校における英語教育,電子黒板を用いた教育のあり方等の議論に花が咲きました。

 

追いかける姿勢

 

当塾は来週から夏期講習会 (サマーターム) に入るため,今週末までは通常の時間割にて授業を行なっております。

 

小中学校は学校の夏期休暇に入ったこともあって,昼または夕方の早い時間帯から自習室に来る生徒もいます。

自習に来た生徒たちの対応や入塾等の手続きにお越しになる保護者の方の対応,そして来週から始まるサマータームの準備で授業開始の夕方までここ数日はバタバタしている状況です。

 

高校生は夏期休暇に入っておりませんが,自習室はいつもと変わらぬ活況を呈しております。

本日も高校生用の自習室は早い段階で満席となり,高校生用にもう 1室を自習室に充てました。

7月末までに夏期課題を終え,8月からは自分で設定した各科の課題を計画に沿って進める。これが当塾の生徒たちの姿です。

 

学習だけに限った話ではありませんが,『追われたら負け』です。

課題等を熟すのに精一杯,あるいは課題さえも完遂できないという状況では学力向上など望めるはずもありませんし,“お膳立て” や “神頼み” に頼る姿勢もいただけません。

『追いかける姿勢』でもって日々学んでいくことが必要です。

 

当然ながら,塾や学校の授業も受けているだけでは意味はありません。

学んだことの振り返りと落とし込み,そして日々の積み重ねがとにかく重要ですから,“わかったつもり” をいかに排除できるかが学力および得点力向上のカギを握っているのです。

 

努力は報われる,とは限らない

 

『努力は報われる』という言葉を耳にします。果たしてそうでしょうか。

 

語弊があるかもしれませんが,私は『努力は報われる』という言葉が好きではありません。言い回しの異なる『報われない努力はない』も同様です。

生徒たち,特に高校生には繰り返し「その意識を捨てよ」と話しています。

 

『努力は報われる』という発想そのものが,非常に自己中心的な考えです。

受験に当てはめると,『努力』は受験に向けた学習であり,『報われる』は『合格』ということになります。

『成長』という観点では『報われた』と捉えることもできますが,得点は取れなかったが入試に至るまでのプロセスを認めてほしいというのは明らかな筋違いです。

結果が出せなければそれまでという厳しい世界であり,これはスポーツの世界においても同様のことが言えます。

 

『努力』は人によってさまざま。結果に至るまでに費やしてきた時間も違えば,その深度も異なります。

自分なりに頑張ったといっても,それが望む結果に結びつかなければ『努力』は水泡に帰すことになるわけです。

 

入試では得点を競い合う他の受験生の存在がありますから,規定の得点に達しなければ不合格となります。

つまり,『報われない』ことは往々にして起こるわけで,その壁が高ければ高いほどこれは顕著です。

模試では A判定を続けていたが当日の問題が解けなかった,雰囲気にのまれた,当日の体調が芳しくなかった等々,運に左右されることもあります。

 

このブログをお読みいただいている中にもご存知の方がいらっしゃいますが,私は大学受験で辛い思いをしました。

それまでの人生で経験したこともない,大きな大きな挫折でした。

高校での校内順位がどれだけ無力なものなのか,そして自分が模試の判定にどれだけ慢心してしまっていたかを思い知らされました。

私は自身のこの経験を踏まえ,生徒たちには自分と同じ失敗はさせまいと日頃から指導にあたっています。

 

渾身の『努力』を重ね,そして『報われる』可能性を上げていく。

そのうえで運も味方につけて『報われる』ことができれば幸運だと捉え,さらには受験を成長の機会と位置付けて日々素直な気持ちで,かつ謙虚な姿勢で取り組む。

 

私は,この気概が難関大の合格に挑む受験生には必要であると考えます。

 

模試の判定

 

先日,大学受験まで指導した教え子たちと食事に行った際に,模試の合格判定の話になりました。

 

彼らは現在,それぞれの第一志望であった京都大 (工)・神戸大 (工)・岐阜大 (教育) に通っており,もちろん現役で合格しています。

このうち入試直前の11月時点で A判定・B判定をもらっていたのは 0名で,今となっては笑い話ですが中には E判定だった生徒もいました。

 

彼らの高校の友人に,模試では A判定を連発していたが残念ながら不合格だったという子がいたと聞きました。

残酷ではありますがこれが現実であり,当日の調子が上がらなかったか,油断したか,または “模試では結果を残せる学力” を磨いてきてしまった結果と言わざるを得ません。

模試の判定とはこんなものですから,確実な指標にはなり得ないのです。

 

模試の判定はあくまでその時点での参考結果に過ぎません。

たとえ A判定をもらっていたとしても,それは過去問等の演習を通じて得られた偶然の産物,つまり “虚像” に過ぎない可能性もあります。

 

私の教え子たちはよくぞ打開してくれたなあと思いますが,当時の授業での様子や持ち込まれる質問の水準を見て,私は彼らが合格できる可能性を感じ取っていました。

日々の演習の添削をしている時に伝わってくる答案作成力の高さ (科目を問わず) ,そして自習室での姿勢を見れば,長年この仕事をしていればそのあたりは感覚的にわかるものです。

 

私は生徒たちに「模試の結果に一喜一憂する必要はない」とよく話しています。

先述したように「余裕の A判定」であっても不合格になることはありますし,「残念ながら E判定」でも合格を勝ち取れることは往々にしてあります。

あくまでも判定結果は参考程度に見るにとどめ,“その時点で何が不足していたのか” を探し出す材料にするよう生徒たちに伝えています。

 

好結果が得られたとしてもあえて褒めず,それに甘んじることなく目標に向かうよう促します。

『勝って兜の緒を締めよ』とは,うまく言ったものですね。

 

こう考えると,中学生の定期テスト結果や各種模試の結果は改めて無力なものだなあと感じますし,高校入試も同じくです。

高校に入れば中学生の頃に定期テストで何点だったかとか,中3生の頃に岐阜新聞テストで何点取ったかとか何位だったというのは関係ありませんからね。

 

高校においても定期テストや各種模試で校内何位とか,生徒に聞き取りはしますがこれも参考程度にしかなりません。

内輪での一つひとつの結果に一喜一憂しているようでは成長しませんし,いくら内輪で結果を残せていたとしても大学入試でうまくいかなければ何の意味もないのです。

練習試合で大勝ちしても,公式戦で勝てなければ意味がないのと同じです。

 

要は来たるべき入試本番に向けて何をするべきか,何ができるか。

素直な気持ちで,かつ冷静に,そして周到に準備を進めていくことが受験生には求められているのです。

 

ライブ

 

この 3月から開始したブログも,早いもので今回が100回目となりました。

お読みいただいている方の数は着実に増え,非常に嬉しく思っております。ありがとうございます。

 

昨日は,私の好きなコンポーザー・ピアニストである天平さんのライブに大阪まで行ってまいりました。

50名ほどのレストランバーでのライブだったのですが,やはり生演奏はまったく違いますね。素晴らしい音色でした。

音色だけでなく,演奏者の表情や動き,そして空気感をも味わえる中身の濃い時間を過ごしました。

 

以前のブログでも取り上げましたが,私たちは対面教育,そしてライブによる指導に拘っております。

どんなに素晴らしい映像コンテンツであっても,それはライブには敵いません。

 

最近は映像による授業が幅を利かせ,多くの塾でそのシステムが導入されております。

当塾では映像授業を一切導入しておりませんが,高校生指導において全国的にこれは顕著な流れとなっております。

映像授業を担当される教員は受験生を指導する教員としてプロフェッショナルであることは周知の事実ですし,それを否定するつもりもありません。

 

しかし,授業力やカリスマ性では私たちが劣っているとしても,授業を受けてくれる目の前の生徒たちを想う気持ちは私たちに軍配が上がります。

中・高,または小・中・高と共に歩んできた道のりに凝縮される “人と人とのつながり” と “心と心のつながり” がそこにはあるわけです。

 

さらには,その場に居合わせることでしか得られない感動なんてのもありますね。

音楽と教育は同じではありませんが,アーティストのライブに大勢の人が詰めかけるのも理由があるわけです。

 

一生懸命に授業をするのは当然ですが,授業を受けてくれる目の前の生徒を想い,熱を込めて指導にあたる。そして共に成長し,生徒たちの望む進路へと導く。

これが進路探究塾 Mirai の実践する教育なのです。

 

保護者の方とのやり取り

 

保護者の方と電話でお話しさせていただいたり,送迎時に立ち話をさせていただく機会は数多くあります。

この担当は私と 2名のベテラン教員 (教員免許所有) で行なっております。

 

当塾は少人数定員制を敷いておりますから,すべてのご家庭とこういった機会を持つことが可能なのです。

メールでやり取りさせていただいているご家庭もありますが,やはり顔を合わせてお話しできることは保護者の方の表情も見えますから本当に良いです。

 

現在は順次保護者懇談会を実施しているところで,お子さまのご家庭での様子の聞き取りから成績状況および今後の方向性の共有などを行なっております。

ご家庭から意見をいただくこともあり,保護者懇談会は非常に有意義な機会と捉えています。

当塾では保護者会の実施もありますから,様々な形でご家庭との二人三脚にてお子さまの成長に携われることが私たちにとって何よりの喜びであります。

 

先日,お電話でお話しした中学生の保護者の方から「子どもが Mirai に移って見違えるほど変わった」とお褒めの言葉をいただきました。

この保護者の方は,お子さまに悔しいとか負けたくないという気持ちが芽生えたこと,前向きに頑張れるようになれたこと,塾から笑顔で帰ってきてくれることがとても嬉しいということでした。

ちなみにこの生徒は定期テストでも自己ベストを大幅に更新し,得点だけに限らず姿勢面においてもその変化がはっきりと見て取れます。

 

子どもたちが意欲的に取り組む姿は本当に素敵です。

今後も私たちは保護者の方と共にお子さまの成長に携わり,地域に貢献していきます。

 

塾選び

 

進路探究塾 Mirai は小1生から高3生までを対象とした集団指導と,私立中高一貫校に通う生徒を対象とした個別指導を行なう進学塾で,2015年 3月に開塾したばかりの新しい塾です。

開塾から 3ヶ月半が経過しましたが,この間多くの方に当塾をお選びいただき,日を追うごとに賑やかさを増してきております。本当にありがとうございます。

 

当塾の指導を端的に言い表すと,“ひとつの場所で完結できる大学合格までの一貫指導” と “将来を見据えた指導” です。

中学生を例にとると,定期テスト得点向上や高校合格だけにとどまらない大学合格までの一貫指導を,映像授業に頼ることなく “集団指導+個別指導” で実現したのが私たちの指導です。

当塾は長い目で見た指導を行なう塾ですから,生徒や保護者様が「とにかく定期テストの得点を上げたい」というお考えをお持ちの場合,当塾はまったく合わないでしょう。

 

一口に塾と言っても,集団指導と個別指導,進学塾と補習塾,企業体と個人経営などさまざまな形態があります。

私は大手進学塾 (高校受験をメインとした中学生指導が中心の企業体) で18年の指導経験があり,複数校舎の統括も長年任されておりました。

夏を直前に控えたこの時期に塾を検討されるご家庭も多いでしょうから,私の過去の経験も踏まえて今回は “中学生・高校生の塾の選び方” に関して綴りたいと考えております。

 

ちなみに,私には中2生 (公立中) の娘と小5生 (もちろん公立小) の息子がおります。

塾教員としてのキャリアは18年を超えましたが,親となり初めて気が付けたことがたくさんあり,わが子を持つまで “わかったつもり” に過ぎなかったことがいかに多かったかを思い知らされました。

ですから,今回は “保護者としての観点” も交えながら綴らせていただきます。

 

まず,指導形態に関してです。

集団指導でも 6名から10名くらいの規模であったり20名を超えていたり,個別指導でも 1 : 1 のものから 3 : 1,さらには個別指導と呼べる代物ではないと考えますが 6 : 1 なんてのもあります。

お子さまにとって集団指導と個別指導のどちらがフィットする指導形態なのかを判断する必要があることと,集団指導・個別指導でもその種類はいろいろあるということを覚えておく必要があります。

いずれにしても,体験受講を経たうえでご検討されることをお勧めします。

 

さらには進学塾か補習塾かで方向性は異なります。

受験合格を目標とした進学塾,定期テスト対策指導や内申確保指導が中心の補習塾兼進学塾,学校の進度の後追いを基軸とした補習塾。

中学生向けの塾はまさに玉石混淆の状態で,きっちり区分することはかなり難しいように感じます。

何を目標に据えるのかで塾選びも変わってきます。

お子さまにとって何が最も必要なのか。それは定期テストなのか,高校受験なのか,あるいはその先なのかによって慎重に吟味しなければ,中学校卒業時に後悔の念が残ることになりかねません。

 

中学生向けの塾で言えば,「〇〇中 (公立) の定期テストで120点アップ!」などと謳い文句を見かけますが,保護者としての観点を入れれば前後の結果もきっちり提示してもらいたいところです。

合計点が230点だったものが350点になったのと350点が470点になったのとでは同じ「120点アップ」でも中身が全く異なりますからね。

どの生徒も一律に120点上げるなどということは不可能だと思いますし,さらにはどうやってそれだけの得点を上げたかの方法も重要視すべきです。

それが予想問題や過去問の雁字搦めで獲得したものであれば,生徒自身にテスト後よほどの意識改革がなければ,その生徒はずっとそれに縋って学習しなければならなくなります。

 

高校生向けの塾で言えば,定期テスト対策指導もします,一般入試での大学受験指導もしますというのは,卒業時に「二兎を追うものは一兎をも得ず」の結果になってしまうおそれがあります。

あくまで私見に過ぎませんが,先日のブログでも取り上げたように中学生と高校生は学習スタイルそのものが異なりますから,どちらかに振った形態のほうが望ましいと考えます。

いくら高校の定期テストで得点を重ねたところで志望する大学に合格できる保証はありませんし,高校は中学校の延長線上のようで延長線上ではないのです。

私立大に各種推薦入試での合格を目指すなら話は別です。このケースの場合は,個別指導塾や家庭教師などで定期テスト対策と内申確保に特化した指導を受けるべきでしょう。

 

当塾を『推薦する声』に寄稿してくれた河合くん櫻井くんを指導していた頃も,私を含めた彼らの授業担当者は定期テスト対策指導を一切行ないませんでした。

上位高に通う意識の高い生徒なら,定期テストの学習程度であれば科目を問わず自分で熟せます。というより,難関大を目指すならできないとだめです。

高校の定期テストに関しては,あくまでも私たちは彼らが自習に来た際や授業後などに質問を受けるだけに過ぎませんでしたが,学年順位は 1桁や20位以内には常に入っていたようです。

 

高校の場合は入学の段階で学力レベルの選別がある程度完了しております。

上位高ならほぼ全ての生徒が一般入試で大学合格を目指し,各種推薦入試を経て大学に入学する生徒は少数派です (一部の高校では受験の雰囲気を乱さないために箝口令を敷くのだとか)。

逆に中位高で大学合格を目指す場合は各種推薦入試を経て大学に入学するケースがほとんどです。

最近は国公立大でも推薦入試を実施するところが増えつつありますが,割り当てられた定員がそれほど多くありませんからこれを第一志望に設定することは非常に危険です。

広く門戸の開かれた (定員が多く設定された) 一般入試での大学合格を目指すほうが無難だと言えます。

 

中学生・高校生を問わず,塾を選ぶ際は明確な方向性がきっちりと示され,その方向性がご家庭やお子さまのそれと合致できるところを選ばなければなりません。

 

最後に企業体か個人経営かに関してです。

複数校舎を展開する企業体の場合,全ての校舎で各種クオリティが均一であることはまずあり得ません。均一なのはテキストくらいです (これも校舎責任者の色が入ることもあり断言できません)。

私は以前に勤めていた塾で複数校舎の統括をしておりましたからよくわかります。自身の統括する各校舎の足並みとクオリティを揃えるのに腐心し続けていました。

 

よって,企業体にせよ個人経営にせよ,最終的に塾は “人” なのです。

その塾の塾長,企業体であればその校舎の責任者や授業を担当する教員とフィーリングが合うか。お子さまはもちろん保護者の方も含め,ここは慎重に見定めることが必要です。

どれほど崇高な目標を掲げていても,どれほど高い指導実績や合格実績が踊っていても,塾とお子さまが合わなければ望むものは得られないのです。

 

最後に,どのような形態の塾であっても,お子様も保護者様も納得したうえで選びたいのであれば,実際の指導中の様子や生徒がいる時間帯の塾内の様子を目にするのが一番です。

お子様は体験受講,保護者様はその体験授業の様子,または別日で見学させてもらうと,チラシはもちろん,ネットや伝聞では知り得ない内部の状況や真相を窺い知ることができます。

これを「生徒の気が散るから」などの理由で拒む塾は,見られると困る何らかの理由を抱えているのかもしれません。

 

その塾に通わせ始めることで何かを変えさせたい,現状を打開させたい,わが子にこんなふうになってほしい等,様々な想いや願いを込めて保護者様は塾へお子さまを預けることと思います。

上記したように,塾選びはつまるところ “人” です。一つ参考まで。

 

確たる信頼関係を築くために

 

時折ではありますが,授業後の時間に生徒たちと談笑することがあります。学校での出来事や昔話など,会話に花が咲いてこの時ばかりは楽しいひと時を過ごします。

写真は当塾の教員が撮ってくれたもので,私と生徒たちが彼らの中学時代を振り返っての話で談笑していた時のものです。

 

生徒とは授業だけのつながりではなく,質問受付や各種相談を受けたり,こちらから様々なことで指示・指摘することもありますし,くだらない話で談笑することもあります。

当塾は少人数定員制を敷いておりますから,生徒一人ひとりに目を届かせることが可能ですし,どの生徒とも分け隔てなく接します。

例えば,いわゆる成績優秀な生徒だけを可愛がるとか,目をかけるという考えは私にはありません。当塾に通う生徒は皆同じ,当然のごとく “一律の扱い” なのです。

私たちは対面教育を行なう塾ですから,とにかく対話を重視する。これに尽きるというわけです。

 

これまでのキャリアにおいても,私は生徒たちに対して同様の接し方をしてきました。

以前に勤めていた塾は高校受験がメインの塾であったものの,私が責任者をしていた校舎では生徒や保護者の方の要望に応える形で高校生もしっかりと学べる環境の整備をしました。

先日のブログでも紹介しましたが,ここに進路探究塾 Mirai の原点があるのです。

結果として多くの生徒と中・高または小・中・高と長きにわたって間柄が続くことになり,卒業後も彼らと塾という枠組みを超えた間柄が継続しているというわけです。

 

生徒たちの人生における数々の成長の瞬間に携わり,人生の岐路となる数々の場面に自分が関われたことは本当に幸せなことだと感じています。

私のもとを離れて以降,社会へ出てからも相談してくれたり,帰省した際は顔を出してくれたりと,私たちの間には非常に深く強い絆があるのです。

 

2015年 3月に開塾したばかりの進路探究塾 Mirai においても,生徒たちの成長をサポートしつつ,確たる信頼関係を礎として生徒たちと共に成長を続けていく決意であります。

 

書店

 

私は 2日から 3日に 1度のペースで書店へ行きます。

写真は県営名古屋空港の『紀伊國屋書店』です。出勤前によく訪れており,本日も行ってきました。

 

あれこれと考え事を巡らせながら 1時間程度車を走らせ,書店に着くと何冊かの書籍に目を通して自分用・生徒用など数冊購入する。

車中での考え事をする時間は私にとって大切な時間であり,仕事上のいろいろなアイデアや打開策が得られる絶好の機会です。

その上,書店に着けば “宝探し” に没頭できるとあって,出勤前のこの時間は私にとって不可欠なものなのです。

 

話は変わりますが,岐阜市のマーサ21内に『丸善』が 7月にオープンするとのことで,日頃から頻繁に書店に行く私にとっては嬉しいニュースであります。

売り場面積が700坪を超えるらしく,ジェイアール名古屋高島屋の『三省堂書店』の550坪を上回る広さということで非常に楽しみです。

※ 名古屋の『三省堂』は来年に移転でおよそ倍の広さになるらしいです。

 

私は,書籍はネットではなく専ら書店で購入します。

書籍の購入は軽くまたは一通り目を通してからにしており,これを確立させたのは学生時代に遡ります。

 

私は学生時代にも足繁く書店へ通っていました。中でもよく通ったのは大阪難波・千日前の『ジュンク堂書店』です (ローカルネタで申し訳ありません)。

新喜劇で有名な『なんばグランド花月』の正面という立地で,難波が私の通学経路上の乗り換え駅であったことも関係しています。

 

『ジュンク堂』はその圧倒的な売り場面積に売れ筋から専門書まで豊富な在庫と洋書のラインナップが魅力的で,神戸三宮の本店や京都四条店にもよく行きました。

他の書店には在庫がなくても『ジュンク堂』に行けばあるという安心感もありました。

 

千日前の『ジュンク堂』は900坪という広い店内のあちこちに椅子が設置されており,時間を忘れて読書に没頭なんてことが多々ありました。

書店でのいわゆる “座り読み” は今でこそ一般的になっておりますが,90年代の当時では革新的なスタイルでした。

じっくりと読み込んで購入,先日読み込んだものがやっぱり欲しくなって購入ということを繰り返していたと回顧します。

 

私は学生時代から書籍に惜しみなく投資してきました。

今後もこれは継続していくつもりですし,知識や教養を得る手段としてだけでなく,知見を広げて深める手段として読書を継続していきたいと考えております。

 

先日のブログ『読書の効用』でも取り上げましたが,当塾では生徒たちに読書を推奨しており,小中学生だけでなく高校生にも月に 1冊以上の読書を課しております (小説を除く)。

探究コーナーの設置は読書推奨の一環であり,子どもたちには読書を通じて人生を豊かなものにしてもらいたいと願っております。